TOEICは世界150か国で行われており、毎年700万人以上が受けていると言われています。
では、この試験はいつから始まったのでしょうか?そこで今回は、TOEICの歴史について解説します。
目次
1970年代の英語のコミュニケーションの必要性が開発背景
TOEICの歴史は1973年にさかのぼります。このころ、もともと円が固定相場制だったものが、円が変動相場制に移行しました。これが何を意味するかというと、日本経済が世界経済という枠に組み込まれたということです。
この変動相場制への移行をきっかけに、多くの日本企業が海外進出していきました。そこで必要になったのが英語をはじめとしたコミュニケーション能力です。
TOEIC生みの親は北岡氏
「日本のビジネスパーソンはこれから英語が必要になってくるから、だから本格的な英語の試験を作らなければならない」。国際的なコミュニケーションの必要性から、危機感を募らせたのが北岡靖男氏です。
北岡氏は、雑誌「タイム」を発行するタイム・インクの元アジア総支配人でした。そして、この「日本人は国際的なコミュニケーションを付けないといけない」といけないという想いで設立した会社が国際コミュニケーションズという会社です。この想いが、TOEICの歴史の根幹です。
アメリカのテスト開発機関ETSがTOEICを開発
当時、英語の試験は日本に数多くあるものの、誰もが納得できるような共通の物差しになり得る英語のテストがなかったのです。
そこで北岡氏はアメリカにある教育試験サービス (ETS) というテスト開発機関にテスト開発を依頼したのです。
ETSはTOEFLも開発している英語試験開発の最先端の機関でした。
TOEFLと文科省の壁
しかし、北岡氏が訪米し依頼した際は、ETSからの反応は冷たかったと言います。そこには表の理由と裏の理由があります。
表の理由とは、既にETSが開発したTOEFLがあったため、新たにテストを開発する必要があるのか、というものでした。
しかし、TOEFLは留学の試験において使われるような、いわば足切りの試験。足切りされた人たちの英語力の測定ができない。このような説明を北岡氏は繰り返しました。
また、裏の理由は、ETSと文科省がべったりとくっついていることにありました。
文科省は既に英検という日本での試験を確立していました。新たに英語の試験を立ち上げられると不都合だったのですね。
そこで北岡氏は文科省からの根回しは行わず、経済産業省経由で根回しを行なったのです。このような背景から、今TOEICを運営している国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC)は経済産業省が所管している財団法人なのです。
以上のように北岡氏はETSに説得と根回しを繰り返し、最後にはETSがテスト開発をすることを承諾しました。
1979年に初回のTOEICを開催
そして1979年12月2日、初回のTOEICが開催されました。初回のTOEICは5つの都市で開催され、受験生は3,000名と言われており、現在は700万人です。いかに爆発的に広まったのかがわかりますね。
1981年にはIPテストの実施を始め、1982年には韓国でも実施されるようになりました。
2019年に40周年を迎えるTOEIC。これからもこの歴史ある試験は、日本の英語試験の先端を走り続けることには間違いないでしょう。